助動詞「き」について

句会でよく問題になるのが過去の助動詞「き」の使い方である。この連体形「し」を完了の意味で使うことは誤用であると指摘があるが、それに対する反論があり、俳壇で論争になったこともある。手元の書籍からその部分を抜き書きしてみた。また、ウエブ「週間俳句Haiku Weekly」で大野秋田が詳細な論を展開しており示唆に富む。

 

『俳句文法入門』 石原八束編
・過去の事柄を確信的に回想して句を終止する。
   鰤がひとより美しかりき暮の町  楸邨
・過去に直接経験した事柄を述べるとき。
   白樺の花をあはれと見しがわする 秋桜子
・文末で現在完了として使われる。  
   秋の蜘蛛しろじろとして夜に入りし 蛇忽
・動作が終わったことを述べて下の語句へ続ける。
   白藤や揺りやみしかばうすみどり  不器男


『俳句推敲入門』 矢野景一
「き」の連体形「し」を使って、単に文を終止するのに
 用いている例が著名な俳人にもよく見かけられる。
 また、「し」で軽くいったん切ったような雰囲気の
 用い方で、時には「の」の代用になっているような
 用い方もある。
 
 今生は病む生なりき鳥兜       波郷
 おととひの糸瓜の水もとらざりき   子規
 さはやかにおのが濁りをぬけし鯉   爽雨
 ただ一度蝉の通りし蝉の穴      汀史
 蛍火や手首ほそしと掴まれし    ゆう子
 我が行く天地万障凍てし中      虚子
 山川に高浪も見し野分かな      石鼎

 

『古典文法質問箱』 大野 晋
Q 「き」と「けり」の違いは?
A 「き」は延長のある空間の一点をさすように過去のある一点を指ししめすのではなくて、過去のことに   

  ついて自分に確実な記憶があるときに使う語。

  「けり」はよく知られていない過去に存在したものが、今や自分の範囲のなかにはいって、その事実を 

  はっきり意識にのぼせたときに使う語。今まで意識していなかったことに今気づいて「だったのだなあ」

  と詠嘆するのに用いられる。